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ハワイ島リトリート

2011年3月、初めてのハワイ島リトリートを開催しました。
この時はジョセフとキャスリンが企画と準備のすべてを引き受けてくれて、
私は日本の受付窓口兼通訳として参加することになりました。

ありがたいことに、
ジョセフは私がジョセフのグループセッションを受けられるように、
ヒーリングの際の通訳まで手配してくれたのです。

第1回ハワイリトリートの4日前、東日本大震災が起こりました。

私は真っ青になり、中止を覚悟しました。
しかし、仙台から参加のAちゃんが、気丈にも絶対に行きますと宣言したのです。

「こんな状況だから、ハワイに行ってパワーをもらうんですよね」
「絶対に行きます。電車も飛行機も動いていません」
「なんとか成田に行けるように助けてください」

これは充電がわずかに残る携帯から届いたメッセージでした。
すぐに調べて、仙台から新潟に行くバスに一席だけ空きがあることを発見し、
連絡してチケットを購入してもらいました。

彼女の熱い想いは他の参加者に大きな影響を与えました。
「Aちゃんが参加するのに私たちが行かないわけにはいかない……」

そんな空気が流れ、フタを開けてみればキャンセルは1人だけ。

日本を代表して変化しよう、そんな気迫に満ちたリトリートとなりました。

津波の影響で、ハワイの海は不気味にうねっており、

最初のシュノーケリングでは恐怖を感じる人が続出。

異例のスタートとなりました。

「ストレスは変化の味方。最高の応援をもらったね」
ジョセフの言葉に一同面食らいながらも変わる覚悟を決め、
大きな波を潜り抜けました。

波に揉まれて海水を飲んでも負けずに荒れる波を超えると、
その先には穏やかな海が広がり、
それはまるで変化の荒波を越える困難さと、
その先のギフトを象徴しているかのようでした。

荒波の向こうにあるご褒美に意識を向け、
全員ジョセフのヒーリングにチャレンジしました。

覚悟が決まったみんなの変化は感動的なほど素晴らしく、
このタイミングでハワイにいることの幸運に感謝しました。

イルカボートではたくさんのイルカたちが大きな円を作って、
長時間私たちの周囲を回って一緒に遊んでくれました。

エンジェルカードで有名なドリーン・バーチューさんが、
日本の復興のためにセレモニーを開いてくれ、
私たちのグループを招いてくれたことも忘れられない思い出です。

火山に行った時には霧雨が降り、
そのあと太陽が顔を出すと、足元から虹が立ち上がり、
夢のように美しい光景でした。

溶岩が作った真っ暗なトンネル、
ラバ・チューブから出た時の光の美しさもとっても印象的でした。

初めてのリトリートが無事に終わってホッとする間もなく、
私は悲しみのどん底へと突き落とされました。

母が老人ホームで亡くなったと連絡が来たのです。
ジョセフとキャスリンに肩を抱かれ、
私は子供のように泣きじゃくっていました。

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